waca-jhiのブログ

《食⇔健康をもっと知ろう》

やっと聞けた心の声

次女の病気に気づけたのは幼稚園の運動会でした。

それまでは全く気づかず、長女は活発、次女はのんびり屋さん

それくらいにしか思っていませんでした。

「よーいドン!」

「えっ。。。。。」

私も嫁も、長女も同じことを感じたと思います。

長女は走る次女の姿をみて「ゆうちゃんが。。。ゆうちゃんが。。。」と泣き出しました。

足が遅いのではなく、体がうまく動いていない

見ていた3人が同時に思ったことです。

後で分かったのですが、その時点で手も上がりづらくなっていたようです。

病院へ行くこととなり、初めて次女は「バンザイができない」と言いました。

ずっとずっと前から次女は自分の体の異変を感じていたはず。

みんなと同じことが出来ない苦しみを抱えていたと思います。

しかし、そのことを誰にも言いませんでした。

なぜ言わなかったのか、言えなかったのか。。。

運動会の練習でみんなから「真面目にやれ!あんたがいるとヤダ!」と毎日言われていたそうです。

それでも家では何もない顔をして、普通に過ごしていたのです。

家では誰も何も気づかないくらい普通に、でも幼稚園では必死に過ごしていたのだと思います。

なぜ一人で抱え込むのか、なぜ辛い気持ちを吐き出さないのか

手が上がらない、怖い、自分だけ? みんなは出来るのに。。。

そんな気持ちを出せるようになって欲しい、そんな想いと共に闘病生活は始まりました。

一人で抱え込み、本音を出せない、それでは体は良くならない、そんな気がしました。

「なぜ言わなかったの?」って聞いたら言ってくれるのか?

「言ったらいいんだよ」ってさとせば言ってくれるのか?

それでは変わらない、変われない気がしました。

そこで始めた2人きりの夜の散歩でした。

薄暗い夜に、横並びで、手をつないで

最初の頃はバカな話ばかりしながら、ヘラヘラ笑いながらの散歩でした。

普段は行かない路地裏を通り、とつぜん子猫がたくさん出てきて驚いたり

娘にとっても楽しみな時間になっていきました。

時々、転んだりしましたが、お父さんとの夜の冒険みたいな感じになっていたと思います。

そんな日々が続き、娘は少しずつ心の中の本音を話すようになってきました。

独り言のように、思っていたことや自分が嫌だと思うこと、凄く嫌だった出来事などを話すようになっていったのです。

少しずつ、少しずつ自分の思いを出すようになっていたのです。

夜の薄暗さ、そして顔を合わせない横並び

そんな状況がが話しやすい環境を作ったのだと思います。

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もっともっと普通に自然に話せるようにと、散歩は3年ほど続きました。

親子ではありますが、気がつけば一番の理解者にお互いがなっていました。

気を使わない、何でも話せる存在にお互いがなっていました。

その3年間の2人だけの時間があったから、娘が高校生になっても2人で毎年のように横浜へ旅行したり、そんなことが普通に出来たのだと思います。

映画やカラオケにもよく誘ってくれていました。

そんな娘が大学生になり、お互いが少しずつ子離れ、親離れするようになっていき、普段の会話も減っていきました。

先日、そんな2人が道でバッタリ、夕方の6時半くらいだったと思います。

お互いが運動不足での散歩中。

「あっ」って感じで合流し、久しぶりに一緒に歩きました。

15分くらいの時間でしたが、闘病中の娘に対する想いが蘇ったり

大学生になりしっかりとした足取りで一人で歩いている娘を実感し改めて嬉しく思ったり

何の話をしたか覚えていないくらい、たわいのない話が出来たことが嬉しかったりしました。

普段、親は忙しく子どもの話を聞いてあげる時間がなかったりします。

忙しそうな親をみて、子どもは話す機会を失っているかもしれません。

夜の2人きりの散歩は、そんな心の距離を埋めてくれます。

普段は出さない一面や出せなかったSOSが出てきたりします。

そういう時間をもっと早く作ってあげられたら娘も一人で苦しい時間を過ごすこともなかったと思います。

毎日でなくてもいいと思います。

週一くらいでもいいと思います。

お子さんが2人以上いるなら、1人ずつがいいと思います。

親と子が向き合えるように2人きりの時間が必要です。

この記事は「病気」ではなく「健康」の観点で読むためにFBページ
難病克服支援センターさんの了解の上、記事を転載しています。

 私は娘の病気がキッカケでしたが、親子であってもお互いを理解し合うには最適だったと思っています。

それを知ることによって親子の信頼関係が強まったことも確かです。

人は周りにたくさん人がいると、無意識にバランスをとる行動をとったり、本当の自分でない姿が出てきたりします。

また血の繋がった家族だからこそ、変な甘えが出たり、素直になれなかったりもします。

それは悪いことではないのですが、家族だからこそ本当の自分を出したり知ってもらうことも大切な気がします。

それがあるから、変な甘えや素直になれない時も、そういうことを全てひっくるめて受け止め合えるのかなと思います。

力を抜いて本当の自分を出し合える、そういう時間が普段の生活に安心感をもたらすように思います。

そういう時間があれば、ちょっとしたSOSにも気づき合えて、お互いを守ることにも繋がりますからね。

病気に気づいてあげれなかった親が闘病中に気づけた大切なことでした。

難病克服支援センター

 ご息女が五歳の時に筋ジストロフィーと診断され五年後には寝たきりになるとの宣告を受け、一時は悪化していたものが「小さな光を追いかけ続けた結果約四年で血液検査も正常に戻り、自力で立て、走れ、自転車に乗れるまで回復・・」との体験をもとに、難病克服支援センターを運営していらっしゃいます。

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過去記事は目次代わりにpinterestに貼ってありますので、いつでもご覧ください。

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